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東京地方裁判所 昭和37年(タ)221号 判決

原告 甲

右訴訟代理人弁護士 鈴木喜三郎

同 吉田和夫

被告 乙

右訴訟代理人弁護士 松目明正

主文

原告と被告とを離婚する。

原、被告間の長男H(昭和三五年四月二八日生)の親権者を被告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告と被告が昭和三三年三月一〇日訴外楠本孝之助夫妻の媒酌により結婚式を挙行し、同年一二月一三日婚姻届を了し、昭和三五年四月二八日長男Hを儲けたことは、≪証拠省略≫からこれを認めることができる。

ところで≪証拠省略≫に徴すると、次の諸事実を認めることができる。

原告は被告と結婚当時は地方公務員として東京都に勤務し、月収約一万三、〇〇〇円程度であったので、原、被告は相談のうえ原告の両親の家に同居して共同生活をすることとし、食費として毎月金一万円を提供し、両親側の金一万円と併せて、金二万円を被告が預り、家計を賄うこととした。そのため原、被告のその他の生活は原告の残余の月給で賄うこととなったが、当初の約定に従って原告の両親から金五、〇〇〇円の援助を受けられたので、原、被告は被告の実家を訪問するのにタクシーを屡々利用したり、観劇に赴いたり、その収入に比し、派手な生活を楽しむこともでき、若干の貯金もすることができた。しかし被告はその性格が比較的派手なため兎角支出が多過ぎ、家計に不足を生ぜしめると、軽々に原告に隠れて訴外山口明喜子から借財をしたり、アイロン、スーツ、反物等を入質して、その場を凌ぎ始めた。そのような生活を続けるうち、被告は節約を望んでいた姑と感情上の行き違いを生じ、被告の強い性格も原因してその仲が悪化し、長男H出生後間もなく、被告は原告を説得して両親との別居を敢行し、それを機会に姑等からの援助も打切られた。ところが原、被告は右のとおり一旦は別居をしたものの、新居の隣人等からHの泣声が煩さいと抗議を受けたのを機会に被告からの希望で僅か一〇日位でこれを取りやめ再び姑の家に戻った。当時原告の月収は約一万八、〇〇〇円位となったが、その間被告は依然原告に秘し、山口明喜子から、原告の背広代金名義で金一万円、入質中の指環の請け出し金名義で金一万円を借り受け、更にHの出産準備について原告から、二、三万円を貰っていながら出産準備費用の名目で金一万円、出産費用として金一万円を借り受け、その他用途不用の金を金二万円借り受け、山口明喜子から要求されるままに原告に無断で原告振出名義の約束手形一通を振出し、次々と借財を重ねながら、他方同年一二月には原告から予算一万五、〇〇〇円位でオーバーを買うことを認められたのを機会に、実家から援助を受けたと詐り金二万五、〇〇〇円位のオーバーを購入したりして、過当な支出をなしていた。その後昭和三五年一一月頃被告は偶々従前使用していた古テレビを原告の承認を得て処分し、中野区野方町所在の有限会社メトロ電友社から価格五万九、八〇〇円の日立テレビ一台を月賦支払の約定で購入したが、間もなく右の月賦購入制度を利用して金員を得ることを考え始め、代金完済の目算がないままに、同年一二月二七日原告に秘し、右日立テレビを売却し、右の事実を隠匿するため売却代金中の一万円を頭金として、前記メトロ電友社から価額五万八、〇〇〇円の日立テレビ一台を新たに月賦購入の約定で、原告名義で購入し、残代金は秘かに費消し、昭和三六年五月二日頃、再び右テレビを売却し、新宿区戸塚町所在の佐藤電気商会から価格金五万六、〇〇〇円のナショナルテレビを前同様の方法で月賦購入して、残代金を秘かに費消し、同月中旬頃には三度右テレビを入質したうえ、前同戸塚町所在の板橋ミシン電気商会から価額金六万三、一〇〇円の日立テレビ一台を前同様の方法で、しかも購入者として原告の父の名義を無断で使用して購入し、同年一一月になり、更に右テレビを売却して、その売却代金を秘かに費消した。その間被告は同年五月中には原告に無断で従前使用していた扇風機を無断入質して代金を費消し、前示板橋ミシン電気商会から価額一万一、〇〇〇円の扇風機を月賦支払の約定で購入しておき、更に価格一万〇、八〇〇円のトランジスターラジオを原告の母名義で月賦の約定で購入し借財を重ねて行った。その間原告は被告の前示所業を知らず、被告の家計費不足の訴に対しても、時には、ともに家計の検討をすることを提案してみたりするほか、家計の責任は妻にあるとする態度を示すに過ぎなかった。そこで被告は原告に対する不満を募らせ、これに姑に対する不満も加わったため、原、被告の家庭生活は次第に紛議が多く、落付を失って行った。そこで原告は昭和三六年六月頃、被告と、改めて、将来の生活について検討、協議を試みようとしたが、右の当時原告の月収は約二万三、〇〇〇円位であったにかかわらず、被告は頻りに原告の収入の少ないことを口にし、増収を図るため自分も夜の職業に就いて働らくことを希望し始めた。原告は被告の派手な性格と、経済的な抑制心の弱いことを心配して、被告が夜の職業に就くことには反対したため、右の案も実現できず、依然原告等の家庭生活には軋轢が絶えなかった。そのような状態が続くうち原告は遂に被告との離婚を考えるようになり被告の家計処理能力のないことを理由に離婚の申し入れをなしたところ、被告側は却って姑の態度を難じてこれまた離婚を申し入れてきた。しかし右の協議は、互いに家庭不和の原因について相手を難ずることが先となって、容易に離婚の協議が成立しなかった。ところがその頃偶々被告が無断で購入した前記ナシヨナルテレビの残代金の支払請求を原告が受けたことから、テレビ無断購入の前示事実が曝露され、被告側はこれによって軟化し、改めて被告において反省し、原告との生活の再出発をしたい旨を申し入れた。原告も遂にこれを諒承して、同年一一月三日、原、被告は両親の許を離れ、千葉市幕張町所在のアパートにおいて親子三名の生活を始めた。右アパートにおいて、原、被告は一時内職等につとめ、慎重な生活態度に戻ったが、約一ヶ月後、被告は新たな住居に移ることを望み、住宅斡旋料は不要であり、その他余分の支出はないものと原告を欺いて、千葉市幕張町所在のアパート海眺荘に移転した。ところが、右の入室について、被告は斡旋手数料五、〇〇〇円、礼金六、五〇〇円、敷金一万三、〇〇〇円、前家賃六、五〇〇円の支払をしなければならなくなり、うち礼金、敷金及び一ヶ月分の前家賃の支払は済ませたが、斡旋手数料は払わず、爾後の家賃も支払わず、更にテレビを望む余り、自己の実家から持参したと欺って再度テレビを購入し、その後被告は昭和三六年一〇月頃原告に無断で原告名義の簡易生命保険証書により訴外榎本寿代から金五、〇〇〇円の借財をしていたことが判明し、更に千葉市内所在の商店緑屋から扇風機、整理ダンス三面鏡等八点五万七、六〇〇円相当のものを月賦購入していたこと、が判明し、原告は遂に被告との離婚の決意を固めた。

以上を認めることができ、右認定に反する証人久保嘉吉の証言部分、被告本人の尋問結果部分はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定諸事実から考えると、原告は公務員で、必しもその収入は高給とは認め難いところ、被告は結婚後間もなくから、原告との生活維持について家計を預りながら、その性格が派手なため支出が多く、屡々家計費の不足をきたし、原告に秘して、入質、借財を重ね、無断で原告名義の約束手形を振出し、遂には代金支払の目算のたたぬままに月賦販売制度を利用して、頭金の支払のみで、テレビ等の電気器具を購入しては売却処分等をなし、その代金を各種の支払に当て、しかも、右月賦購入について無断で原告の父の名義を使用するに至り、その後原告との話し合いのうえ、再出発した千葉市における生活においても依然同様の生活態度を継続していたのであるから、右は原告にとり婚姻を維持し難い重大な事由であると認めるのが相当である。

被告は、被告の判示行為は、原告の低給料と、家計不足に対する不協力に原因があると主張し、前示借財金の一部が直接には生活費その他家庭のための支出に充当されたこと及び原告の判示収入も必ずしも高給とは認め難いけれども、社会通念から考え、原告の右収入額が判示月賦購入等の金融を繰返し行わざるを得ないほど低額であるとは解し難いのみならず、被告は判示のように、結婚当時は若干ながら貯蓄をなし得たのに次第に生活費が不足すると称し始め、一方では生活費の不足のためとして山口明喜子から借財しながら、他方予算以上の高価のオーバーを原告に秘して購入したり、テレビを購入したりしているのであるからその生活費の不足といっても必しも原告の低給料のみに原因を求めるべきではなく、被告が家計処理において緩急を区別し、妥当な処理をするならば必しも判示の如き度重なる金融を要することはないものと推認すべきである。また原告は、その本人尋問の結果に徴しても、なるほど、ある程度被告主張のとおり、被告の訴える生活費不足の問題について、必しも徹底的解決策を検討する熱意を欠いていたことを認めることができるけれども、右尋問結果によれば、被告は原告の、原因検討の申し入れに対して、素直に協力せず、原告の低収入を難ずることに急であったこと、当時原告としては被告の判示借財額を知らなかったことを認めることができるので、これまた、被告の判示所為の原因として原告の不協力を責めることはできないものといわなければならない。そうとすれば、被告の右主張事実もいまだ必しも、上段判示を動かして離婚を不当ならしめるに足る事情とは解し難く、被告の右主張は肯認できない。

次に被告は、原告には真実に、被告と離婚する意思はないと抗争するので判断するに、なるほど被告本人尋問の結果部分には、右主張に沿う如き供述部分があるけれども、右はたやすく信用できない。寧ろ原告本人尋問の結果によれば、原告は長男Hに対する愛情が深く、Hとの面接は望んでいるが、被告との婚姻をこれ以上維持する意思はないことを認めることができるから、被告の右主張も亦これを容れることはできない。

以上の判示のとおりであり、原告の被告に対する本訴離婚請求は理由があり、正当であるからこれを認容し、当事者間の長男Hの親権者については、判示のとおりHがいまだ幼少であること、並びに原、被告各本人尋問の結果から認め得るところの、Hの監護、教育は現に被告において担当しているところ、なんら支障の生じている事跡の認め難い事実を併せ考え、他に被告をしてこれを担当せしめるについてこれを不相当とする資料もないので、親権者はこれを被告と指定するのを相当と思料し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次)

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